追悼と後悔

山本重雄氏に初めてお会いしたのは、2006年の秋だった。

聖徳学園に奉職して、学生に社長の話ぐらい講演で聴かせてやりたいと思った。

ところが、予算が無い。そこで、中部経産局に話をして、アントレプレナー・セミナーを開催してもらう事になった。

大学は、教室を貸すだけだ。岐阜出身の社長を探していたら、翌2007年25億の負債を抱えて自己破産したコロッケ屋の社長と、良く判らない東京のコンサル会社の出来の悪い社長を紹介された。

そこで、以前に祖母に聞いていた、祖母の洞戸村の小学校での教え子で、居酒屋チェーンをしているという社長を紹介してもらった。

学生とアポを取って、新栄町まで、逢いに行くと、人前で講演なんて、したこともないし、何を話したらいいかも判らないと言われた。

生い立ちと創業までの話と、創業から現在の話をしてもらえば十分だと頼むと、試しにやってみますと言ってくれた。

2006年の11月16日、私が座長役で、3人の社長に夫々話をして頂いたが、結局、学生が喜んで話を聞いたのは、山本さんだけだった。迫力があったし、とても講演初体験とは思えなかった。

エスワイフーズというのは、重雄山本の略ですか?って、学生が質問すると……今まで、(自分のイニシャルと同じだとは)気が付かなかった….世界の山ちゃんだからエスワイです。と言う天然ぶりを発揮してくれた。

スゴイと思ったのは、セミナー終了後数分で、コロッケ屋から食材の供給契約を纏めていて、数週間後には、山ちゃんでコロッケの特売を開始していたことだ。

ただ、その後の山本重雄氏は、年に百本以上の講演行脚をするようになってしまった。

まずい世界に引き込んでしまった…….。数年前、久しぶりに大学で講演してもらった。祖母が、97歳で亡くなった話をすると、随分ショックを受けていた。背のすらっと高い、外国人の様な先生でしたね….って、思い出に耽ってくれた。

もうひとつ…..ひょんな事から講演行脚するようになってしまったけど、恨んでません?って聞くと、楽しんでますと言ってくれた。

従業員は、会長になって、フラフラしてるのを、私のせいだと恨んでませんかね~と聞くと、自分が会社から居なくて、のびのびしていますよと言ってくれた。

ただ、気になるのは、講演で全国飛び回るようになったから、体調に悪かったのでは無かろうかという事だ….。

彼との出会いが無かったら、多分、学生と会社を起こして、今年の3月までの10年間続けるなんてことは、無かったかもしれない。

亡くなった今、涅槃で、うちのバアちゃんにヨロシク言って下さいよと、いう事と………山ちゃんは、多分、続くと思いますと…..

祖母の事を知る人が……また一人居なくなった。

いい人を….惜しい人を….若くして失ってしまった。講演に狩り出してしまった後悔と共に…..R.I.P.

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